前略、断頭台の上より



英雄だから逆らえなかったんじゃない。
英雄ほどの力を持っていたから誰も逆らえなかった。

魔王。降って湧いたように現れて、瞬く間に、そして長く世界を席巻した、
邪悪で圧倒的だったソイツは、一人の若者の手によって討たれた。

誰もが歓喜し、感謝していたのは確かである。

とはいえ。

共和政治を敷いていた若者の故国が、彼を王として擁立したのは、
一時の異常な昂奮が、人々の判断力を狂わせていたと言う他ない。

邪悪を討ったのだからそれは正義の存在だと、
何故か誰もが思い込んでしまっていた。

そして始まった暗黒の時代は、若者が壮年を迎えて尚続き、
遂に私の家族を飢え殺した。

だから私は、彼を殺そうとした。

魔王と呼ばれた存在さえをも単身で滅ぼした一傑。

それを、暗殺でとはいえ殺そうと言うのだから、
何年も掛けた周到な準備をしたのは確かである。

すべてを1人で行うべきと感じていた。

なぜなら私の目的は彼を亡き者にすることではなく、
彼を殺したいほどに憎む私の気持ちを満たすことにあったのだから。

だからもしかすると、
結果としての成否すら問題じゃなかったのかもしれない。

――結果として、私は今ここに立っている。

裸足で断頭台への階段を昇り切った。

かの王は、平生通りの目で私を見ていた。
日常的な見せしめの処刑を眺めるのとも同じ目で。

私はきっと国のために行動したのではないし、
まさか正義のために決意したわけでもなかった。

世にも珍しくない復讐の規模が、
少しばかり大きかっただけに過ぎない。

結局のところ、そんなことが1人で為せるわけがなかった。

私は英雄でも王でもなく、一介の青年に過ぎなかったのだから。

両腕に桎梏。
両足に桎梏。
数秒後にはこの頸も固定されてしまう。
さらにその数秒後にはこの頸は胴体と死に別れる。

後悔はない。ないはずだ。

『本当にいいのか?』

声が聴こえた。

私の脇に立つ兵士が発したのかと思ったが、
どうもそうではないらしい。

とすれば、声は私の頭の中から聴こえたのだろうか。
この土壇場で、そんな迷いはあまりにも遅い。

痩せこけた老若男女が見上げている。
昨日まで虚ろだった彼らの瞳に、今は微かな光が見えた。

それは生気の溢れる精細な光ではない。
見て取れるのは迷いや憂懼、そして明日への不安。

どうあれ私の決意は、何らかの種を蒔いたらしい。

ならば、十分じゃないか?

私が自分の手でかの王を殺す必要はない。

振り下ろされる鉄斧。

そしてかの王は断頭台の露と消えた。


【了】



戻る   サイトトップ