行列



 ある土曜日の朝。駅前の開店前のケーキ屋の前に、老若十人の女性たちが列を作っていた。週に三日、それも一日に十個だけ販売されるチーズケーキを買うために。先頭の少女は、一時間以上立ちっぱなしでそこにいた。彼女がこの店のことを知ったのは、つい先日である。クラスメイトから話を聞いて、今日電車に乗ってやって来た。たかだか三駅分であるが、往復となるとその切符代はチーズケーキの代金を超える。もっとも彼女にとっては通学用に持っている定期の範囲内だったので、金の問題はない。ただ、平日より早く起きて電車に揺られ、ここまでやって来たのだから、それを無駄にはしたくないのが当然だった。わざとらしく開け放たれた店の窓からは、ケーキの色形さえも感じ取られそうな甘い匂いが漂っている。列をなしている者たちの胸は期待でスポンジのように膨らんでいた。少女も破裂寸前である。膀胱が。

 ――もう……限界っ。

 渋い顔で腕時計を見遣る少女。二本の針が指し示す時刻は七時四十五分。件のケーキ屋の開店時間は八時。少女はちらと背方を見る。数えてみる。やはり九人。自分を入れるとちょうど十。

 ――どうしよう、く、うう!

 ただ一言、後ろの人にお願いすればいいだけのはず。だが人見知りな少女にはそれが出来ない。まして今彼女の後ろにいるのは年上の女性。両耳にイヤホンを挿してスマートフォンの画面を見ている女性は、少女の異変にもまるで気付いていない様子。

 ――っ、っっ、ケーキなんて、どこのでも一緒だしっ!

 すべてを台無しにする心の叫びと共に、少女は列を離れた。とうに限界は見えていたのだ。

 ……限界を超えた少女は、現在並んでいる人の数を数えた。女性ばかりで十人。自分を数に入れないで十人。絶望的な数字。間に合うわけがない。少女が諦めて他を当たろうとしたその時、列の先頭にいた女性が声を掛けた。
「あの、変わろうか?」
 少女の余りにも悲壮な様子が同情を誘ったのであろう。後ろに並んでいた者たちも、誰ひとり文句を言わなかった。少女はその女性と、後ろに並んでいた全員に向かって深々と頭を下げ、改札口の前にある女子トイレへ駆け込んだ。


【了】



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